あたごの海難審判裁決

 あたごの海難審判裁決が出ました。まぁ、予想どおりの裁決ですね。(さすがに、自動操舵を続けてたとか見張りを艦橋の中に入れてた、とかいう、まるっきり事故と関係のないことは、ちゃんと「関係ない」っていってくれてますね。この辺はマスコミと違うところです。)


裁決文を見ると、間接的な原因とされる見張り体制の構築不十分が強く印象づけられますが、最後には、直接の原因にはなってないよ、と否定されます。さらに、組織としての海自には勧告が出るのに、直接の原因となった当直士官には勧告がありません。支離滅裂です。漁船側を責めてもしようがないから、海自側で何とか事故を起こさないように指導してよ、ということなんでしょうかね。


すっかりムカシのハナシになってしまいましたけど、世間の大半はあたごがワルモノという論調なので、裁決速報を見て、あらためてちょっとイラッときました。たしかに、お粗末な点がいくつもあったようですが、ちょっと「あたご」側を擁護するスタンスで書いて見ることにしましょう。(似たようなことを書いてる人は他にもたくさんいるけど、気晴らしに...)

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裁決では、簡単に15条<横切り船の航法>だけの適用で済ませ、もっと早く回避動作をとっていればと言っています。しかし、清徳丸の僚船があたごの前後を通過するような状況です。そんなに単純な状況だったとは簡単に言い切れません。


横断歩道でいつまでも歩行者がとぎれず、車両が進めないことがあります。横断歩道は信号がありますから、長くても数分待てば歩行者はとだえます。でも、海には信号はありません。東京湾沖はそんな海域です。大型船が小型船をいちいち避航してたら、いつまでたっても進めないし、今度はほかの船とあたる恐れがでてきます。だから、大型船は針路・速力を保持して、ほかの船から動きを読みやすいようにしているのです。けして小型船をよけるのが面倒だからという傲慢な理由で針路・速力を変えない、のではないのです。むしろ、ああした状況では、針路・速力を変えない、変えたらキケン、小回りの利く小型船によけてもらう、というのが船員の常識です。(それに衝突して沈むのは小型船側ですから。ふつうは、こっちが保持船だから、なんて考えません。清徳丸の僚船も警笛なんか鳴らさず、てんでによけてます。まぁ、そのお陰で清徳丸が逃げ道を失って、右転せざるを得なくなった、っていう意見もありますけど。)


それでも、衝突しそうになってきたので、あたごは後進一杯、警笛吹鳴を行った訳です。あたご側は「そもそも漁船群と衝突しそうなところまで近づくなよ」という実行不可能な指摘を除けば、ごく常識的な対応をしています。一方、清徳丸は、僚船がすべてあたごの接近に気づいて回避動作をとっているに関わらず、無線の呼掛けにも応えず直進します。最後の最後、衝突直前の右転まで、回避のための動作を一切とっていません。しかも、もしかすると、海自側が主張しているように、右転自体が衝突の原因になったかも知れないのです。


動くもの同士ですし「あたご」側に過失があるのは当然ですが、亡くなられたのはお気の毒としても、漁船側に主因があるようにしか思えません。細かな証拠調べの資料がないので、何をいっても推測にしかなりませんが、一般に報道されている範囲の情報をもとにすれば、今回の裁決は船員の常識とかけ離れたものという感じを受けます。